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たとえ罪が生だとしても、
彼らの笑顔は倍ぐらい世界を照らすッ!

葬怨ルーム
since 05/30/2002

管理人:葬怨魔人

管理人は馬鹿ですが、ちゃんと働き始めました。

最終更新
8/13 小説ショートショート『太陽のように優しいその言葉』公開
創造は思考の実験、先行する創造に対する批判、未知のイディオムの探求に他ならない。
byジャン=フランソワ・リオタール

▼応援してます▼

Hiroさんが色々活動しているサイト。恋愛系ノベルゲーム『かれかのR』公開中
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18禁ゲーム製作。とりあえず、バナーをおいて宣伝中。
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 将来プロを目指すなり、趣味を公表するなり、そんな機会を紹介してみることにします。


ネット上で募集しているもの。サークル的なものが多い。
小説・脚本募集(賞金とか出ないかも)
FMえすかれぇしょん
 応募締切:随時募集 ジャンル:ラジオドラマ
アオイソラ
 応募締随時募集 ジャンル:演劇台本
クロスオーバー
 募集締切:随時募集 ジャンル:ヴォイスドラマ
ハッピーバニラ
 募集締切:随時募集(作家が20歳になる前まで) ジャンル:演劇台本
映画屋
 募集締切:随時募集 ジャンル:映画のプロット・シナリオ
SP図書館
 募集締切:随時募集 ジャンル:オリジナル小説、二次小説など


意味のない叫び:
みんな思っているかも知れないけれど、俺も思うんだわ。磯野波平の一本毛を、「飛び出ている鼻毛、切っておきますよ」とかいう床屋さんのようなスムーズさで切り落としたいなぁって思うんだわ。嗚呼、あのチャームポイントを否定できたらどれだけ気持ちの良いことか。

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8月13日

▼太陽のように優しいその言葉
 第五回電撃掌編王に応募してみました。一人で一つの作品しか応募できないと言うわけでもなさそうなんで。
 まあ、テーマが「8月31日」なのに、そのテーマがほとんど描かれていないという問題作です。でも、夏と言えば終戦記念日のある季節であり、6日と9日の原爆投下の日でもありますよね? 私にとって夏というのは、戦争が終わった季節だということが一番に連想されるのです。特に夏休みの思い出を回想する8月31日には、気怠くも楽しかった思い出と対照的な、テレビを通して得た戦争の映像が思い出されるのです。
 今では放送されなくなってしまった『はだしのゲン』が、幼い私の心に原爆の恐ろしさを刻んでくれました。風船を持った少女が一瞬にして紫色の肉塊になって、爆風の中で散り散りになっていくシーンは恐怖でした。これが人の死に方として、いいえ、生物の死に方として許されるものだとは絶対に思えません。今の教育の現場でも『ゲン』は見せ続けるべきだと思います。
 本来であれば人を豊かにしてくれる科学が、一度に数万人の命を燃やしてしまう場合もあることを、しっかりと教えるべきです。『ゲン』がグロテスクなのではなくて、戦争がグロテスクだと言うことをしっかり教え、戦争が人々の何を壊し、何を奪ったのかを教えるのが先に生まれたものの役目でしょう。そして何よりも、戦争でさえも私たちから何を奪えなかったのかを考えていく心を養わせなければなりません。その奪えなかったものが、これまでの日本が培ってきた国民性や郷土を思う心であり、日本を繁栄・支えてきたものだと言うことを教えなければならないのです。

▼日本人の心
 日本には弱い者いじめは卑怯だという考えが勧善懲悪話のなかで脈々と受け継がれてきました。情けは人のためならず、困ったときはお互い様、そういった精神は日本人が世界に誇れる財産です。イラン・イラク戦争のときにテヘランに取り残された日本人を救ったのはトルコ人でした。「エルトゥールル号の借りを返したい」という日本人でさえ忘れていたころの恩を返したい思いで、特別機を用意したのです。
 弱いものを駆逐するのは良いことだと教えるようなカルヴァン派の教えなどを掲げている欧米列強とは違う考えです。今流行のグローバルスタンダードなる妄想とも、まるっきり違う考えです。しかし、それらの主流とはまるっきり違う考えの方が世界が互いに助け合い、生きていくには最適なようです。
 現在のヨーロッパは、アメリカの推し進めるグローバルスタンダードにある程度は反対しているようですが、根本的なところは同じです。だからアメリカに追随している日本よりもテロリストに狙われているという結果になっています。テロリストたちにも理性というのがあるのでしょう。単に日本が経済大国で、自分たちのスポンサーと良い関係にあるからとかそういう理由だけではないと思います。日本的な考え方のみが、グローバルスタンダードを打ち砕けるのだと、心のどこかで思っているのでしょう。
 最近になって、ようやく日本の捕鯨文化が認められてきたという話を聞きます。お金で買収したとか言われていますが、本当にお金で解決できるような問題であれば、とっくの昔に捕鯨文化が認められていたはずじゃないですか。これはきっとアレです。欧米が捕鯨に反対する理由に「高度な知能を持っている生物を食べるのは残酷だ」といいますが、これらの言葉は信用できないと、アジアやアフリカの諸国は経験上知っているのです。なぜなら欧米人はかつて歴史の中で奴隷制を正当なこととして扱ってきました。その理由は非常に単純です。
「我々白人に負けるようなアジアやアフリカの有色人種という生き物は非常に下等な生物であり、高等な生物である我々白人によって管理運営搾取され、隷属することによって本来の機能を果たせるのである」
 なんておぞましいほどに合理的な考えなのでしょう! 帝国主義というのも同じように非常に合理的な考えが基本になっています。高度か下等かで生命の価値を判断するような、欧米人の持つ超合理的なものの考えしかしない脳みそを信用できないのです。上が下を支配するなんて、いつ誰が決めたのだとアジアやアフリカ諸国は考えているのです。
 経済の上ではアメリカの掲げるグローバルスタンダードは成功するかも知れませんが、こと文化に関しては日本のワビ&サビ、モノノアワレ&ショギョウムジョウ、モッタイナイ&シッソケンヤク、ハレ&ケが世界を覆うのかも知れません。
 だから、それらがちゃんと残るように教育の現場で、戦争が奪えなかった日本人の心を教えていかなければならないのです。そのための国語であり、本を読むための習慣である。


7月30日

▼小説の中で使ってみたいセリフ
「あなた方が今、私を責めている原因は私の将来に対して行った行為、つまり投資がたまたま犯罪だったというわけで、それほど酷い後悔はしていないのです。まあ、ありきたりな後悔はしています。悲しみに暮れる人も多かったと思いますし、私は裁判で裁きを受けるでしょう。それらは全て受け入れますし、反省もしています。しかし、罪を償って高くて厚い塀の中から出てきたとき、私はきっと幸福なのだと思います。
 あるテレビコマーシャルで言っていました。やらなかった後悔はやってしまった後悔よりも深いってね。それは投資に関するコマーシャルだったので、私にとって非常に合致した言葉なんです。彼を殺したことは将来への投資なのです。きっと、この後悔はあとあと充実感と高揚感へと変わるでしょう」


▼ジョイ本
 今日、『ゲド戦記』を見ようと思って、TOHOシネマズひたちなかへ行ってきました、ひとりでね。ジョイフル本田の敷地内にあるアレです。ついた時間が丁度公開時間だったため、次の公開時間まで待つことにしました。まあ、飯でもモスバーガーで食べようと考えたわけです。で、ナンカレーを食べました、ひとりでね。
 ナンカレーとサラダセットを頼むと680円するので、730円を財布から出しました。おつりで50円玉が帰って来るという寸法です。小銭がジャラジャラいっていたので丁度良いんですよ。しかし、そのバイトくん、30円を返してきたんですね。私は「ああ、50円玉の釣り銭を切らしているんだ」と素直に思ったのですが、会計時にレジスターの中を覗いてみると、50円はかなりの枚数がありました。
 文句の一つでも言ってやろうと思ったのですが、この学力低下社会の縮図を見せられた私は軽く衝撃を受け、その衝撃を楽しむために黙って席に着きましたとさ。
 夏目漱石の友人である寺田寅彦の著書にある、こんな言葉を知っていますか?
「このような化け物教育は、少年時代のわれわれの科学知識に対する興味を阻害しなかったのみならず、かえってむしろますますそれを鼓舞した」
 科学万能を声高に叫んでいる現代社会では、科学の新しい芽は育てないと言うことなんですよね。やっぱりサンタクロースもムー大陸も宇宙人とメンインブラックもフィラデルフィア・エクスペリエントは実在しないと大変なんだわ。この世の中を疑問に思う人がいて、ようやく人間は前に進むことが出来るのだ。人間のくせに空を飛ぶなんてことを夢見た変人たちの努力の結晶が、ライト兄弟の偉業に繋がっている。海底に青函トンネルを作ったのだって、無理だと知りつつも成功を信じた大谷さんたち技術者の意地だ。世界に疑問を持たないのはこれ以上ない諦めさ。
 そういうのが今の理数離れを起こしている。理数離れを抑制するには、この世の中には謎が大量にあると言うことを教え、それを解明できるのはキミだけだとかなんとか選民思想的なことを口走っていかないと駄目なんだな。

▼ゲド戦記
 そんなこんなでファンタジーを見よう。うん、宮崎ムスコの『ゲド戦記』を見よう。
 悪くない映画だった。ごく普通のアニメ映画。そうそう、本当にアニメ映画だった。アレはジブリアニメじゃない。カップルとか家族で見に行くんじゃなくて、アニメファンのための映画ってところかな。ま、なんでタイトルが『ゲド戦記』なのかは宮崎ムスコの一生の謎だと思う。原作の題をそのまま使わなくても良いじゃんか。
 ストーリー展開が駄ニメ級だった『ハウルの動く城』でかいた恥を、全部払拭できたと思う内容でした。『ハウル』で視聴が不快だったところを直してくれたのが良かった。たとえば……
・登場人物がサブキャラを含めて非常に少ない
・土地の移動がほとんどない
・世界観を描くための無駄な時間を減らした
・アクションアニメになっている
・描こうとしているテーマが一つなので混乱しない
・ヒロインの見た目が若い
・ヒーローとヒロインばかりを描いていないで、ちゃんとストーリーを進める努力をしている
 といったところ。しかし、『ハウル』よりも悪いところもある。
・タイトルが意味不明
・冒頭の竜の登場シーンが活かされないまま終わっている
・ヒーローが持っている“鞘から抜けない剣”の設定の活躍の場がちょっとしかない
・ラストシーンの伏線が一切無い

 『ハウル』でも設定が活かされていないように感じたが、ハウル自身と彼のお城については設定を全部使ったような感じがしていましたね。まあ、伏線がないのはジブリアニメにとっては普通のことですから問題ないか(ぉ 田舎に行ったらいきなり謎の巨大毛むくじゃら生物が猫型バスに乗っているのを常識とするアニメ会社だからな。
 でもさ、今の日本のアニメ映画で一番できが良いのはやっぱり『ポケモン』だと思いますね。こないだ『ミュウと波動の勇者ルカリオ』をテレビで見たんですが、ポケモンという子供に親しみを持たれているものを素材にして、うまく話をまとめていると思いました。ポケモンを描くのは客寄せで、ストーリー自体はしっかりした長編ファンタジーアニメなんですよね。制作スタッフにはちゃんと伏線を張る技術があるし、伏線を明らかにするところをさらに伏線にしてしまうスゴイこともさらりとやってのけることにシビれる、憧れるゥゥッ! ポケモンの名前なんて知らなくても良いからな、あのアニメ映画。



7月29日

▼そういえばさ
 今日、私の誕生日なんだわさ。で、毎度毎度おなじみの焼き肉屋へ行って、親にオゴる。オゴられるのではなくて、オゴる。だって、私は既に25歳。一応働いている身であるし、そろそろ親に対して自分を生んでくれたことに感謝しないとならない年頃だからな。
 父も似たようなもんだったらしい。うちの父はちょっと変わった人間で、自分の父親がものすごい外道だったと言うことを知っている。祖父ってのは、ペルーに移民して子供も作っておきながら、日本に戻ってくるときに捨ててきた非道人間だからな。息子が日本まで追って来たことがあったらしいが、酷い追い返し方をしたらしい。それに、祖母も外道だったからな。いくらボケが進んでいたからと言って、私や兄に名前を呼ぶよりも「死んじめぇ!」と叫んだ回数の方が多いらしいからな。
 そんなだから父は自分が外道であることを知っている。だからこそ外道にならないようにと努力をしているわけだ。働きはじめの頃、自分の給料の半分以上を実家に仕送りしていたということはよく聞いていたし、外道な祖母が死にかけたときに、誰も親族が看取りに来てくれないときに無茶苦茶キレて、無理矢理家に呼んだしな。
 で、父はそんな風に生きてきたけれど、きちんとした親孝行をしたことがなかったことを心残りにしていた。だから、母方の祖父を自分の父親のように世話をした。何かあるとうちに招いたし、日光が好きな祖父のために何度も一泊旅行に連れて行ったっけ。
 だからさ、私は感謝して生きていかなければならないんだ。そうそう簡単に死ねるか。

▼誕生ケーキ
 その焼き肉屋はさ、誕生月に来店すると、ケーキを出してくれるんだ。最近よくやっているタイプのチェーン店だからなぁ。
 で、そのケーキにチョコのプレートがのっかっていて「たんじょうびおめでとう」と平仮名で書いているんだ。私はそれを見て何か引っかかりを感じた。
 おかしいと思わないか? 誕生日ってのは誕生した記念日であり、誕生したことを祝うための日だ。つまり、誕生日がめでたいんじゃなくて、誕生したことがめでたい。よって、プレートに書かれるべきなのは「たんじょう、おめでとう」だ。結婚式で新郎新婦に向かって、「結婚式おめでとう」などとほざくアホはいないだろ? 言うなら「結婚おめでとう」だ。10回目の結婚記念日を祝うときも「結婚記念日おめでとう」じゃなくて、「夫婦生活10年達成おめでとう」だろ? まったく、最近は記念日を記念日にする習慣が広まっているのか。そりゃ終戦記念日も憲法記念日も形骸化するわな。



7月23日

▼驚き
 わお。月2回の更新が出来た。驚きだ。とりあえずアップする。



7月22日

▼小説で使ってみたいセリフ
「俺は君のために、世界の中心で愛を叫んでみたい!」
「あら? 私は世界の縁で愛を叫んでほしいわ」
「何で君はそんな崩れてしまいそうなところで愛を叫ばせるのか? 俺たちの愛はそこで終わりと言うことなのか?」
「いいえ違うわ。そんな崩れてしまいそうなところでも、私たちが愛を叫べばそこから世界が崩れていくことが無くなると思うの。私たちが愛するというのはそういうことだと思うの」

▼本とか読んでいる
 今、さだまさしのベストアルバムを聴きながら、藤原正彦の『国家の品格』を読んでいます。まあ、私の日記なんかを読んでいる人の多くは文章、とくにフィクションが大好きな人がいるだろうから、『国家の品格』とかを勧めてもあんまり反応が鈍いだろう。しかし、おもしろいから読んだ方が良い。本屋へ入ってベストセラーコーナーに目を向ければすぐに見つかるでしょう。というか、むしろフィクションのように論理を重視しない文章を好きな人だからこそ勧めてみます。読み物としておもしろいですよ。
 『国家の品格』を簡単に紹介しますと、こんな感じ。

 論理というもの自体が限界があることは数学的にも証明された。よって、論理によって創造された国家の考え、たとえば机上の論理だった共産主義や、現在主流の資本主義があるが、これらも誤りを多く含んだものである。共産主義だけが破綻した論理なのではなくて、資本主義よりも遙かに破綻していただけで、その結果、両者の競争に負けたのだと考えを改めなければならない。
 全ての先進国で学力低下や非行児童の問題が起きたのも、全て論理に頼った教育をしたからだ。問答無用に「ならぬことはならぬ」と教えることをやめてしまったことが原因なのだ。卑怯なことも論理的に言えば善と悪が共存し、人殺しさえも同様である。しかし、その二つが悪いことであると多くの人が理解している。その二つをわからないとか言っている人の多くは「なぜそれが悪いのか。論理的に私は間違っていない。私は自由だ」と自分のやってしまったことを正当化しようとしているだけなのだ。自由とか平等とかいうのは単なるフィクションであり、論理ですらない。
 そもそも、論理を駆使して解決した人間同士で起きた問題などは無く、現在主流の民主主義という論理は第一次世界大戦と第二次世界大戦を引き起こした。もっと、情緒や形というものを持って生きていくべきであり、それは昔の日本人の生き方そのものなのだ。

 そんな感じ。

▼でね
 論理なんだわな、普通の本ってのは。それに比べてフィクションは論理じゃないんだわ。
 うん、なんというかな……。私だけが考えていることだとは思わないが、たぶんこういうことなんだと思う。

 現実世界というのはアナログである。で、論理はデジタル。論理の中でとある問題をAとして、その解決方法をBとしてその具体例を挙げてみせる。でもそれじゃあ、アナログな人間たちにはなかなか理解できない。
 パソコンを使って音楽を聴くとしても、電気信号そのものを読み取って楽しむ人なんていなく、スピーカーを通して楽しむでしょ? せっかくデジタル化した音楽なのに、わざわざアナログにして楽しんでいる。デジタルのまま楽しめるのが一番良いのだが、そんなことを出来る人間がいないからしょうがないのさ。
 くわえて、デジタルの音楽データといっても色々な形式があって、一部のパソコンでは視聴できないものがあったりする。ほんと、レコードプレーヤーのアンプからライン入力して音楽聞いたほうが、デコードやエンコードを繰り返すよりも速かったりする。
 つまり、全ての人間が論理をそのまま受け入れられるわけじゃないってことにもならないか? アナログである現実に置き換えるための媒体が必要だ。それがフィクションなんだろう。
 現実で起きたとある問題を記号化して、その問題を解決できるような論理の代弁者として登場人物と世界設定を用意して立ち向かわせる。その戦いの様子はアナログであり、多くの人間が一つの情報として受け入れられる。その場合、論理を後回しにされてしまうのだが、それほど問題はないんだわ。なぜなら、フィクションの登場人物の行動は論理と言うよりも問答無用に「だめなものはだめ、いいことはいい」と言っているからな。一度だけじゃなく、延々と何度も繰り返されたりしちゃ、その問答無用さが正しいことだとみんなが思うわけよ。
 『ドラゴンボール』の悟空が弱いものを助けて悪いヤツをやっつけていく。どんな困難にも仲間たちと、またはかつての敵と手を取り合って立ち向かっていく。そして勝利して、平穏な生活を取り戻す。だれも間違えだとは言わないし、いつのまにかベジータが仲間になっていても誰も文句を言わない。サイバイマンにやられたヤムチャですらそれについては怒らないで、恋人をとられたことにちょっと怒っているだけだ。でも、そのことをだれも間違いだとは思わない。
 それが論理を超えた“何か”の力なんだろうな。だってほら、
「たぶん、間違いより強い、何か、やさしくて、大事なものがこの世には存在するんですね」
ってエライ人がいっていたもん。

▼でもさ
 この藤原正彦さんって、武士道が最高の考えであり、全ての日本人が持っているものだとか言って、それを『国家の品格』の論理の出発点にしているんだわ。でもさ、武士道ってのは、人殺しをおおっぴらに出来なくなって手持ちぶさたになった武士が考えた行動様式であり、衣食住に困らない程度の生活が出来るという保証の上で培われてきたんだよな。でね、武士社会の始まりである鎌倉時代の武士たちって、暇になると人殺しをしてその人の首を塀の上に飾っていたって聞いたこともあるし、武士道を完成させた江戸時代だってさ、極悪非道な犯罪者を市中引き回しの上獄門して斬首だぜ。その上、その首を町中に晒して見せしめにする。死者すらも侮辱するのか? 宗教的に許されるのかよ?
 あー、あと茶道についても取り上げていたな。
 茶道は日本人の心だとか思いこんでいる人が多いと思うけれど、種子島に鉄砲が伝わってからだいぶ経ってから出てきた行動様式の一種だからな。歴史的な長さからすれば、火縄銃の方が日本人の心を表している。それにあれ、単なるカルトだぞ、マジで。うん、ちょっと信長とかを使って説明してみる。

りきゅう「お茶の時間でございます、親方様」
のぶなが「うむ。のどが渇いた。さっさとよこせ」
 利休は信長をおもっくそぶん殴った。
のぶなが「何をするのじゃ!」
りきゅう「茶道とは礼から始まると言うことをお忘れですか! そんなことでは洗浄で汚れたあなたの心は救われませんぞ!」
のぶなが「……うむ、しかたがあるまい。頂戴いたします……これでよいのか?」
りきゅう「まあ、合格点と言うところですが……」
のぶなが「なにかあるのか?」
りきゅう「私が作ったこの茶碗を使った方が御利益があります」
のぶなが「いくらなのだ。よこせ」
りきゅう「米、五十俵です」
のぶなが「なにぃっ! 高いぞ!」
りきゅう「救われるためなのですぞ、親方様」
のぶなが「仕方があるまい」
りきゅう「あわせてこの茶さじも米十俵でお譲りしましょう」
のぶなが「……救いのためなのだな?」
りきゅう「ええ、もちろんでございます」

 秀吉の場合……

ひでよし「のう、利休よ」
りきゅう「おや、今日はお口に合いませんでしたか?」
ひでよし「そうではない。お前に少し相談があるのだが」
りきゅう「聞きましょう」
ひでよし「儂には世継ぎがおらんのはお前も知っての通り、何かいい手はないか?」
りきゅう「金の茶室を造りなされ」
ひでよし「な、なに……金じゃと!?」
りきゅう「そこで奥方様と一緒に私の茶を飲めば、元気なお世継ぎがお生まれになるでしょう」
ひでよし「し、しかしなぜに金なのだ」
りきゅう「古来中国より伝わる“吠亜倉(バイアグラ)”という秘術によると、金には全ての生き物の生命活動を活発にさせる働きがあるとのことです。それを六方から人体に照射することによって得られる効果は三十六倍!」
ひでよし「おお!」
りきゅう「それに、今回、私が用意させます金は、金は金でも鬼の金玉からとった貴重な金でして」
ひでよし「鬼の金玉とな! 精が付きそうだ!」
りきゅう「さようでございます」
ひでよし「よし! 早急にカネの準備はさせる! 全てはお前に任せた!」

 ということなんだよ。時の権力者に金を使わせまくったというところで、やっぱりカルトじゃん。



7月9日

▼ワールドカップ
 ワールドカップだかフードルカップだかロボカップだか知らないけれど、みんながんばっているなぁと思う。がんばることは良いことだ。それがたとえ人を不幸にすることだったとしても、がんばっていることとその不幸は全く別のこととして評価してほしい。うん、がんばって犯罪を計画している人を見つけたならば、警官もがんばって逮捕すれば両方がんばったと言うことで帳消しだから逮捕しろ。

▼聞々ハヤえもん2
 フリーソフトに「聞々ハヤえもん2」というナイスなソフトがあります。
 公式サイトはこちら→http://soft.edolfzoku.com/hayaemon2/
 音楽ファイルの再生速度や音程を自在に変化させることが出来るのです。これで好きな女性歌手の声を太くして楽しんだり、逆に男性歌手の声を女の子並みに高くして楽しむのも出来るのですよ。
 でもまあ、限界というのはありまして、ねこねこソフトの「夏はマシンガン」を男モードにすると、色々とムリがある。色々というのは単純に声、そして雰囲気が壊滅的にムリがある。まあ、歌声だけを低くするわけではないので、その時点でムリが発生する。エキセントリックオペラの歌を男声テノールにして楽しもうとしたらやっぱりムリがあって……
 そんななかでもムリがなかったのがTHE BACK HORNの歌。新しいアルバムのバラードナンバー「ホワイトノイズ」なんてすさまじく女の子が歌っているとしか思えないデキなんですわ。そりゃまあ、ヴォーカルの山田さんはロックを歌うために生まれてきたようなナイスな声で、それをうまく使ってかなり色っぽく歌うから、音程を変えるだけでも十分に良い歌になるんだわ。ただ、叫んでいるタイプの「サニー」とかはだめだったなぁ。うん、「ディナー」がエロエロで、聞いていて気持ちいいぞ。ハスキーな女声で
「白い蝶々 調教したい美少女
 赤いスカート 下着は脱がないで」
とか
「咥えてくれ びしょぬれの曼珠沙華
 汚物まで 愛してほしい」
とか言うんだぜ。まあ、再生速度を78%、再生周波数を122%がいいとこだろ。ま、曲によっては声変わりする前の男の子が歌っているように聞こえることもあるんだがね。
 あと、coccoは全般的にどれでも男ボイスに直しても大して違和感がない。

▼電波なのか?
 自分が本当に電波系でいられるのか、最近自信がなくなってきた。
 良いことなのかも知れないが、小説のネタを宇宙空間からの電波でまかなっているのでそれが無くなってきているのが非常に問題なのだ。宇宙空間とは地球を第三者視点で観察している上級存在であり、そこからの情報がとぎれることによって起きる弊害については、世界の重要人物がいつも声高にして叫んでいる、と宇宙空間からの電波は訴えかけてきているのだ。大変なことだ。どうやら私は中継局の一つとして存在しているようで、私が電波をうまく受信できなくなると言うことは、その分の新しい中継局が探されると言うことだ。その人物が日本人であればよいが、他国の人間だとすると……日本が世界の経済大国でいられる期間も短くなってきているだろう。
 ある偉大な発明家がおっしゃった。
「失敗は成功の母。そしてなによりも、失敗の母は電波なのだ」
 また、こうともおっしゃった。
「発明は1パーセントのひらめきと、99パーセントの努力によって生まれ、7052度の電波によって熟成される」
と。つまり、技術大国として存在している日本にとって、宇宙空間からの電波を最優先に受けられなくなることは死活問題なのだ。
 最近の日本はだめだ。作られたもののみを求める精神のみが蔓延し、作られていないものを求める精神が衰亡していっている。電波とは全知全能の神が持っていた創造の精神の残り香であり、生命の精神構造の根源となっていることを、最近の若者は忘れてしまっているのだ。神を呪うことは非常に有意義で推奨したい行動ではあるが、我々生命を生み出した際の精神が悪であったとは言い切れないだろう。創造をやめた生命こそ、最近の若者がのろい殺そうとしている全知全能の神と同じ精神構造をしていることになぜ気づかないのだ!
 それは停滞だ。怠慢による停滞は生命全体に対しての宣戦布告、いや、時間の概念を持つ全てのものへの宣戦布告と言える。
 そうだ! こういうときこそ日本の工業社会を作ってきた、とある創業者の有名な言葉を叫ぼう!
「石橋だと思ったら叩かず、どんどんわたっちゃえばよいように、電波を調べるやつがあるか。電波だと思ったら調べず、どんどん受信しちゃえばいいんだ」
 嗚呼、なんと勇気のある言葉だろう。

▼でもさ
 この前の日記にも書いたのだけれど、高校生活の終わり頃から大学生活の始まりまで書き殴ってきた散文詩には、電波度合いで勝つことは出来ないんだわ。今読み返すと、何を書いているのかわからないのが多い。今日、詩としてアップする「お国のために……ミレニアムVar.」(8作目)もなかなかの電波具合なんだが、それ以前に書いた「逆説的堕神天命ウルトラあとがき byドルグアーク=ウィン=バルス=卍ガタメ=イノキ」(3作目)とか大学生になってから書いた「汚神の異には苦血をだすな」(14作目。おかみのことにはくちをだすな、と読む)はもっと訳がわからないからなぁ。
 いや、だってさ「コレは世間一般には燃えがらと同様に扱われていて、さらに、嫌われ方が異様である。言い換えると、隠され続ける恐怖」とか、「奇者学雑兎的(きしゃがくざっとてき)に逆説融解(ぎゃくせつゆうかい)を起こし、存在を希薄化する」とか、「世界という言うのはこの屋敷だけだと信じ、住人は私とあなたと勝手に住み着いた2人のモンキースパナと70を超えるマーダーたちだけだと信じ、空を飛ぶスプレー缶を螻蛄(けら)と呼ぶ。まさに純!」
 ……やっぱり電波をうまく受信できていないみたいだワン。

▼ウソだよね?
 さっき、ながうちさんの日記をまとめて読んでいたんですが、
なにこれ。
 ウソだよね? お願い、ウソだと言って斗貴子さん……
 漫画だから出来たこともあるだろうに、アニメ化してどうするんだろう? だってほら、『宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ』でSEGAネタ禁止になっていたりして原作のパワーを感じないということもあったし。最近はそういった規制が無くなってきたのかな……。怪しい。斗貴子さんの決めゼリフが
「臓物をブチ撒けろ!」
のままでいけるかどうかも怪しいなあ。というか、どこでやるんだ? やっぱりテレビ東京?


7月2日
▼読み終えた
 ずーっと読みたいと思っていた『月の盾』(岩田洋季、作。メディアワークス刊)を買って読んだ。そう、即日に消化した。
 ジャンルとしては、まあなんだな、ドキュメンタリー映画風小説ってところかな? プロジェクトXとかに近いと言えばみんなが混乱すると思うけれどいってみる(ぉ
 ストーリーは色々と過去に未練を持っている主人公一家が、叔母の忘れ形見の一人娘を引き取ることになるハナシなんだわ。最初は引きこもり気味だったその女の子なんだけど、主人公に絵を褒められたことをきっかけに少しずつ感情表現をしていくようになる。そして、その才能を使ってみんなに笑顔を与えたいと努力をしていく。しかし彼女は“色無き天才少女”だった――
 悲しみに直面し、絶望をするものの、最後には自分のやり遂げたかったことを実現させるというまあ、ハリウッド系感動映画の王道ってな感じですな。ただ、それをドラマチックに描くのではなくて、なかばドキュメンタリーチックに、主人公の男の子の語りを多用している点がすばらしい。適度に張られた伏線が徐々に明らかになり、それを主人公が感じたことを述べるだけじゃなく、その他の登場人物がそれぞれの立場で考えを表している。主人公だけが天才的に答えを見つけるのではなく、脇役連中も見つけていくという絶妙なバランス感覚があるんだな、この本には。
 うん。じーんと感動する作品ですよ。

▼岩田先生って
 基本的に文庫本でラブコメを求めてはいなかったので、『護くんに女神の祝福を!』シリーズなど、岩田先生の作品に触れる機会がなかった。電撃hpで巻頭インタビューが組まれていなければ『月の盾』も買わなかったかも知れない。でもまあ『灰色のアイリス』は買って読もうかな? シリアス傾向に強そうな作者さんみたいだし、『月の盾』と雰囲気は違うと本人も言っているけれど、買う。

▼シリアス傾向
 そうそう、シリアス一直線らしい坂入先生。『シャープエッジ』を3巻まで書いて放置して、新シリーズの『F』を2巻まで出しています。でもなぁ、『F』はあんまり売れないだろう。だってさ、荒木飛呂彦先生の『ストーンオーシャン』のニオイがプンプンすんだもんな。『シャープ』は全体的に『ジョジョ』の第3部と第4部っぽさがあり、少年漫画風に爽快感がある。けれども『F』はマニアックすぎないか? だって、ボク様が惚れちゃったもんw
 禁忌魔術士という設定がマジに好み。高校の頃に散文詩をやたらに書いていた時期がありまして(筋肉少女帯の影響でね)、その中に確か“ヤンポーレン=ホンツァ”さんとかいう聖職者の話があったんだわ。その中でヤンポーレンさんは異教徒を殺すという役目をもらっているんだけれど、殺人は悪いことでその罪の意識が鎖とその先にある鉄球になって彼の動きを戒めるんだって。でも、その鎖と鉄球の重さを何ともないほどに感じるほどの信仰心を持ってすれば、それらは武器に早変わりしてとても便利だとか。それに似てんだよ、禁忌魔術士。
 って、おかしいなあ、散文詩の束がどっかに消えたぞい? もうちょっと探してみるから、待ってミソ。

▼ようやく発見
 日記の最初のアップから一時間ほど経ちました。ようやく見つけました。
 で、ヤンポーレンさんではありませんでした、ごめんなさい。彼は高校の机に落書きしていたときの人でした。
 では、散文詩を読んで気分を悪くしてお休みなさい。
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<悟りへの道〜ブッタがブタさんをブッタ〜>
身体が重い
「自分の身体のことは重いと感じない」
誰が何時言ったのかも知らないが、それは凡人にだけ当てはまることだ
私ほど神聖値が高まってくると、それが身体にものしかかってくる
別にそのことは関係ないと信じていた
これは私の行いが宇宙に認められていることを示すからである
しかし、重いものは重いのである
この然るべき出来事は不具合を持ち出した
動けないというわけではないが、それらの「不具合」とたちと闘(や)りあうには少々重かった
やっと本調子に戻ってきた頃はもう、私は右手を失ってしまった
だが、本気が出せる代償としては当然のことであった
私の右手はこれまでに多くの仕事を処理してきた
その業そのものが折り重なって強度を増していたこの右手は、かなりの枷としても成り立っていた
しかしその強度から生み出される破壊力には私からの感謝も大きかった
それから私は、左手の人差し指と中指だけで「不具合」を分解させた
そのまま私は一番近くの州都へと入った
ここの民草どももそうだ
表面だけでは従っているが、内なるものは「不具合」である
よって、また私の仕事が増えた
しかし気にすることはない。右手もとっくに生えていた
真の力は十分に出し尽くせる気分であった
だからその民草たちに悟りを説くために、私は軽くなでてやった
するとどうしたことか。みるみる烏うちに皆はおとなしくなった
ここぞとばかりに布教をしたが、誰も聞いてくれない
「おとなしすぎるのも問題だ」
誰が何時言ったのかも知らないが、それが正しいとわかった今日一日だった。
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 ……だいぶ、記憶と違うな。
 まあ、これからもたまには散文でもアップしていくのでよろしく。


6月25日
▼電撃掌編王
 電撃hp編集部が主催している超短編作品のことですが、応募してみました。
 今回のお題は「約束」で、登場必須単語が「指輪」と「アキバ系」でした。で、作った作品がこちら。とりあえずまあ、久々の更新となるのですかね。これからも毎月のように応募していこうと思いますので、月いちペースで更新できるか?

▼アキバ系
 アキバ系の中には
「ムヒヒ……きっといつかは僕ちんのうちに“いろは”たんが恩返しに来てくれるんだブヒ」
とかご都合主義に考えている人がいると思うんですが、まあ、ドイツワールドカップで
「日本がブラジルに二点差以上つけて勝利して、クロアチアがオーストラリアに勝って、絶対に決勝トーナメントにいけるよね」
とかいうサッカー好きらしい人のご都合主義と大差ないなと思う。かく言う私は3−0で負けると思っていたので、4−1と1点取ったのは嬉しい誤算。うーん、柳沢と高原のコンビネーションってあんまり相性がよくないように見えたんですが、その所為なのかな?
 あー、いろはは15禁キャラだと思うので、リンク先は15歳以上になってから見てください。

▼美少女・美男子
 最近出ている三人称で書かれた小説とかを読んでみると「美少女」とか「美男子」とかが目につくんだわさ。わざわざそういう言葉って書く必要があるのでしょうか? 一人称で書いた場合に
「ぐっはぁ、めっさ好みのオンナや」
とか
「ついつい彼に目がいってしまう」
とか
うおっまぶしっ
を使うのは間違っていない(一番下以外はね)と思いますが、仮にも第三者視点、公平に物事を見ていく中で軽く「美少女」「美男子」という言葉を使ってしまうのはいかがなものか。美しいなら「何が」「なぜに」「どのように」美しいかを書いてこその三人称文章でしょうに。と言うことだかどうだか知りませんが、『タトツミ』の中では、軽い気持ちで「美少女」とか「美男子」だとかは使用していません。というか、小説を書くのであれば軽々しく使っちゃならんだろ。ギャルゲーの登場人物紹介で「美少女だ」なんて紹介している文章を見たことないぞ。
 なんちゅーかな。ヒロインが美女か美少女なのかはわかるけれど、それがどんな風に美しいのか書く必要があるでしょう? そのときに、「まず最初に美少女であって髪型がどうで目の色がどうで」とか書くよりも「髪型がどうで目の色がどうでそれら全てが調和しているから美少女なんだ」と書いた方がいきなり文章を見た人も安心するし納得すると思うんですよね。
 なんだ、ということは小説の方が格下の文章表現能力なのか!? だから最近、ギャルゲー発のアニメが増えているんだなぁ……。ハナシの展開に関してはテンポが速い分小説の方が確実に上だろうが、その辺の細かいところでは負けているかも知れない。どうにかして、ドガシャーンって圧倒的に勝てないかな。


6月10日
▼何事もなかった
 よく、「何事もなかったかのように〜する」といいます。
 本当に何事もなくて、たんに面倒くさいという理由で日記を書かなかったとき、自然体に日記を更新するときはなんと言えばいいのでしょう。やっぱり「何事もなかったかのように日記を更新します」と言うのがいいのでしょうか。しかし、某プロシュートの兄貴に殴られるのもなんなんで、「何事もなかったかのように日記を更新した」と、既に物事をすませた発現をした方がいいと思う。

▼ハードディスクをあさる
 少しばかり部屋を掃除したので、そのついでにハードディスクの中身も整理しようと色々と見ていました。そこで出てきた謎なテキストファイルたち。
 まずは初歩。昔、チャットに参加していたときに寝落ちしそうになると張っていたコピペ用の文章。
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毒電波……電波と言うものはもともと人体に有害であるということがささやかれている。それならばその「毒」であるという毒電波は一体人体にどのような影響を与えるのだろうか? 更なる進化か? それとも電波と同様の単なる単純な破壊なのだろうか? 君たちにはそれを調査してもらいたい。ぐふっ、わ、私の命は電波によって蝕まれていたようだ……すまない。 毒電波を、それを解明し……人類のココロに救う病を…取り、の、ぞ…………ガクリ<寝落ちしました
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で、寝たときに見た夢を文章にしたもの
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吸血鬼 銃殺刑
犯人による無実の男の銃殺刑
苦悩
吸血鬼の記憶と「少女」の家族

狂った科学者の残した言葉
無呼吸生命体
生まれてくる意味がなかった
死から生まれた新たな殺戮者

聖職者にあるまじき紅き衣の断罪者
暗き心 濁った心の断罪者
裁かれたのは無実の男
彼は弱気な吸血鬼
讃えられながら 断罪される

ビチャリ
そんな音による 終劇
断罪者の体からした音が 終劇の合図
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で、たしか『シャープエッジ3』を読んで出てきた「正しく地獄」という言葉に誘発されて書いた電波
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 この世界は正しく地獄であり、そんな中で幸せを手に入れたければ狂うしかない。
 血の池地獄に放り込まれても、血の池を粘つく臭い水として認識しなければならない。
 針山地獄に落とされて体に穴が開いても、それは風とおしがよくなって涼しくなったと喜ぶべきである。
 そもそも「地獄」という概念は死ではなくて死後を恐れるという人間だけが持ち合わせるものである。それは宗教に通じる。
 そして、人間が独自に持つものとして「戦争」という争いがある。
 よく、人間は同種族を殺せる生き物だとののしられることがあるが、飢えた二頭の虎に鹿を与えると二頭は殺し合いをする。それは極限状態だからできるのだと反論する愚者もいる。それでは極限状態とは何か? 極限状態とは「狂う」ことである。狂っていると同種族を殺せる。
 人は地獄という概念を知っている。だから狂って幸せを求める。幸せを求めるというのは狂うことだ。
 だから人は狂いたくなる。
 だから人は戦争を起こす。戦争を起こし、皆で幸せになりたいために、狂い、人を殺す。
 同種族殺しをするのは今のところ人間だけだが、地球上の生物に「地獄」という概念を教えることができるならば、彼らも薄汚い種族としてののしられる存在となれるだろう。
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さらに電波。ごく最近
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 最近「なんかおかしいな」と思ったのは、家電製品のコード。
 普通に使っていたのに、いつの間にか、ねじれまくっている(汗 そのねじれを戻そうとしても一度ついた癖はなかなかとれない。しかし、ねじれが癖になるのは二つの丸形コードをあわせて作った平形コードだけであり、一本の丸形コードはねじれない。つまり、二つあったものが一つになるとねじれてしまい、本来の役目を果たすのに支障があるし、一つならばねじれ癖を直せるのに、二つあるから直しにくい
。  それって、人間にも言えると思う。二人以上の人間が集まって、何かが原因で社会から逸脱した価値観を共有してしまうと、その崩れた価値観が正常だと思いこんでしまい、なかなか世間一般の価値観を持つことが出来なくなっていく。それが小泉首相が言う抵抗勢力ってところなんだろう。また、一人の人間の中でも起きている現象だと思う。頑固とか分からず屋というのは、何かしら過去に“ねじれている人”に“ねじれている行動”をされたのだろう。それから身を守るために自らをねじれる。
 でも、それら“ねじれ”というのは個性でもあり、“ねじれ”の合う人間同士というのは異様にしっくり来る。だからこそ、人間はねじれることをやめられないし、世界の全ての物質はねじれられるならば「ねじれたい」と思っているわけだ。“ねじれ”は決して合理的な存在ではないのだけれど、合理的とされる直線や曲線だけではつまらないように思う。
 だってさ、それって「ひねりがない」ってことでしょ?
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 それとまあ、来年の電撃小説大賞に応募するもののアイデアをまとめてみたもの。
 またもやPDFファイルです
 今回は短編。時間がとれないのと、『タトツミ』が121ページと、規定をオーバーしてしまった(ぉ)ことに対応してみる。よく見直したら、18ページが2枚あったもんね……
 この『ヨンマイバー』はヒーローもの。ギャグの世界で真面目に戦うとどうなるのかやってみようとか言う意欲作になるはず。目標は、真面目な戦闘シーンとかクライマックスなのに読んでいる人がなぜか笑ってしまうようにすること。たとえば
サン「もう、だめなんだ。俺の身体はすでに電気の力で動く機械になってしまったんだ……」
ヨン「サンマイバー先輩……」
サン「その名前で俺を呼ぶな! 俺はシェーバー元帥の右腕、ジャッジホイール・ケルベロスだ! もう、お前と共に戦うことは出来ない、このオートメーションの身体ではな」
ヨン「そんなことありません!」

サン「……」
ヨン「ぼくのリニア・ソニックも電気の力を借りています! それに……」
サン「……それに、なんだというのだ」
ヨン「全自動シェーバーと言っても、結局は実際に手に持って動かさなければならないじゃないですか!」
サン「……そうかもしれないな」
ヨン「そうですよ。ぼくたちは髭を剃るという共通の目的があるじゃないですか。濃いとか薄いとか関係なしに――」
サン「――使用者の肌を守りながら髭を剃る――」
サン・ヨン「そり残さないように」
ニマ「フッフッフ。最初に教えたことは何も忘れていないようで安心したわい」
ヨン「じいちゃん」
サン「師匠、久しぶりです」
ニマ「そうじゃの。これからしっかり鍛え直してやるぞ」
シェ「そうはいくか!」
ヨン「貴様は、シェーバー元帥!」
シェ「ジャッジホイール・ケルベロス……いや、サンマイバーよ。心に惑いを持ったお前を導いてやった私を裏切るつもりか」
サン「俺は……ただ、この世からジョリジョリの髭をなくしたいだけだったんだ。しかし、お前のやっていたことは髭を濃くするだけじゃないか! そんなヤツから離れることは裏切りとは言えない!」
シェ「くっ……」
ニマ「ここまでじゃな、シェーバーよ」
シェ「黙れ黙れ黙れ! サンマイバー、お前の充電スタンドは私の手に握られていることを忘れたとは言わせんぞ!」
 とかなんとか。……もう、どうにでもなりやがれ。たぶん「笑わせたいんだか、真面目にヒーローものを書きたいのかわからない中途半端な作品」と評価されるに違いない。ま、それも狙いだろ。



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